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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)306号 決定

抗告人 藤川法融

右代理人弁護士 中安正

同 片井輝夫

同 弥吉弥

同 小見山繁

同 山本武一

同 小坂嘉幸

同 江藤鉄兵

同 富田政義

同 川村幸信

同 山野一郎

同 沢田三知夫

同 河合怜

相手方 住本寺

右代表者代表役員 早瀬義雄

右代理人弁護士 宮川種一郎

同 松本保三

同 松井一彦

同 中根宏

同 猪熊重二

同 桐ヶ谷章

同 八尋頼雄

同 福島啓充

同 若旅一夫

同 漆原良夫

同 小林芳夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二  よって検討するに、本件記録によれば、

1  本件訴訟は、抗告人ほか一〇名を原告とし、宗教法人日蓮正宗を被告とする、原告らがいずれも被告の教師資格を有する僧侶の地位にあることを前提とし、被告の管長が原告らに対してした各擯斥処分(僧侶の地位を剥奪する処分。以下これらを一括して「本件処分」という。)が無効であるとして原告らがその地位にあることの確認を求める各請求(以下これらを一括して「本件請求(一)」という。)及び右原告ら一一名中抗告人を含む一〇名を原告とし、それぞれ右日蓮正宗の末寺である各宗教法人たる寺院を被告とする、各原告らがそれぞれの被告寺院の各代表役員及び責任役員の地位にあること並びに右日蓮正宗の僧侶の地位が剥奪されることによりその末寺である各被告寺院の役員の地位も失われることを前提とし、本件処分が無効であるとして原告らが各役員の地位にあることの確認を求める各請求(以下これらを一括して「本件請求(二)」という。)につき、共同訴訟として静岡地方裁判所に提起されたものであること

2  本件請求(二)の各被告寺院(以下これらを一括して「本件末寺」という。)は、それぞれその役員であった各原告を被告として、本件末寺の当該各所有建物の明渡し請求(以下これらを一括して「本件明渡し請求」という。)の訴えを各建物所在地を管轄する地方裁判所に提起しているが、その請求の原因は、被告ら(すなわち、本件訴訟の原告ら)がそれぞれ本件処分により日蓮正宗の僧侶たる地位を失ったため本件末寺の役員の地位をも失い、その結果として権原なく右各建物を占有しているというものであること

3  原裁判所は、著しい損害及び遅滞を避けるため必要があるとして、本件請求(二)の各訴訟をそれぞれ本件末寺の普通裁判籍所在地を管轄する各地方裁判所(抗告人を原告とする訴訟については京都地方裁判所)に移送したが、右各裁判所には、それぞれ当該寺院を原告とする本件明渡し請求の訴訟が係属していること

が認められる。

三  ところで、静岡地方裁判所は、本件請求(一)については被告の普通裁判籍所在地を管轄する裁判所であるが、本件請求(二)については本来管轄権を有しないものである。しかし、本件請求(二)の原告らは、民訴法第二一条により、本件請求(一)及び同(二)につき静岡地方裁判所に共同訴訟として一個の訴えを提起することができるものと解すべきである。その理由は、原決定理由二1(原決定一丁裏三行目から二丁裏三行目まで)の説示と同じであるから、ここにこれを引用する。

四  そこで、原裁判所がした前記移送の裁判の当否について考える。

1  本件請求(二)の訴訟が本件請求(一)の訴訟とともに静岡地方裁判所で審理されると、本件末寺は、それぞれその所在地から遠隔の地にあり、しかも、本件請求(一)の訴訟と共に提起されることがなければ、本来管轄権を有しない静岡地方裁判所において、本件請求(二)の訴訟について応訴しなければならないことになるから、その所在地において応訴する場合に較べ時間的にも経済的にも不利益を受けるのみならず、これにより訴訟の進行が遅滞するおそれがあることはみやすいところである。

2  本件処分の効力は、本件請求(一)における確認の対象である各原告の僧侶の地位の前提であると同時に、本件請求(二)における確認の対象である各原告の代表役員等の地位の前提をなすものである。したがって、本件処分の効力は、本件請求(一)及び同(二)に共通の争点であるが、右各請求の内容から考えると、そのいずれかに固有の争点が全くないとはにわかに断定することができない。そして、本件請求(一)の被告日蓮正宗は、抗告人らが確認を求める右僧侶の地位は、法律上の地位ではないから訴えの利益を欠くとしてその却下を求める本案前の主張を既にしているが、右の点は、本件請求(二)の訴訟においては訴えの利益の問題として争われる余地のないものである。そうすると、本件請求(一)及び同(二)を併合して審理すると、専ら本件請求(一)に関する争点である右本案前の主張に関する審理のため、本件請求(二)に関する訴訟の進行が遅延するおそれがある。

また、本件請求(二)の各請求相互間においても、各請求に固有の争点がないとはいい切れないから、右各請求を併合して審理すると、右固有の争点についての審理のために、他の請求に関する訴訟の進行を遅延させることとなる。

3  本件明渡し請求においてもまた、本件処分の効力が請求の当否に関する前提問題である。そこで、移送された本件請求(二)の各訴訟とこれを受けた各裁判所に係属中の本件明渡し請求の訴訟とが併合して審理されれば、本件処分の効力が各請求に共通の争点となり、これに関する判断の抵触は、本件請求(二)の訴訟の各原告と、その被告である本件各末寺との間においては、これを避けることができるから、右各訴訟が各別の裁判所、すなわち、本件請求(二)の訴訟は静岡地方裁判所において、本件明渡しの請求は各建物所在地を管轄する地方裁判所において審理される場合に較べ、当事者も裁判所も、ともに無用の時間的、経済的負担を免がれ得ることになる。

4  してみると、抗告人の相手方に対する本件請求(二)の訴訟を前記のとおり移送することにより、これを静岡地方裁判所において審理するとすれば被告である相手方に生ずべき、損害の発生及び訴訟の遅滞を避けることができるものというべきである。

五  抗告人は、本件請求(一)と同(二)との間においても、また本件請求(二)の各請求相互間においても、本件処分の効力が唯一の争点であるから、これらの訴訟を静岡地方裁判所において併合して審理することが右争点に関する審理の重複と判断の抵触を避け、窮極において訴訟の遅滞を防止し、訴訟経済にも適する措置であると主張する。

たしかに、本件処分の効力は、本件請求(一)及び同(二)の各確認請求の当否に関する前提問題であり、これらに共通の争点であるから、これらの訴訟につき、静岡地方裁判所において共同訴訟として審理及び判決がされれば、右争点に関する審理の重複はなく、判断の抵触を生ずるおそれもないということができる。

しかし、本件が右の点のみを唯一の争点とするものではないことは前述のとおりであり、しかも本件明渡し訴訟は静岡地方裁判所の管轄に属しないため、これを同裁判所に移送することはできないから、右のように本件請求(一)及び同(二)につき審理の重複と判断の抵触を回避することができても、これらと本件明渡し請求との間においては、なお右重複と抵触を避けることができないことになる。

そして、本件請求(二)の訴訟が静岡地方裁判所で審理されることにより、相手方は前述の不利益を蒙るのに対し、抗告人は、もともと本件明渡し請求につき相手方の前記建物の所在地を管轄する地方裁判所において応訴することが避けられないのであるから、本件請求(二)の訴訟が同裁判所に移送されても、これらが併合して審理されれば、その追行につき特に余分の経費と時間を要するものではないというべきである。

六  以上のとおり、本件請求(一)と同(二)の各訴訟を併合して審理することにより、その間において本件処分の効力につき、審理の重複と判断の抵触を避けることができることと、本件請求(二)の訴訟は、それだけをとってみれば本来静岡地方裁判所の管轄に属しないものであること及び右訴訟を移送することにより前記四のとおり損害及び遅滞を避けることができるうえに、これと本件明渡し訴訟との間の審理の重複と判断抵触が避けられることを彼是比較考慮すると、他に当事者及び裁判所にとって不合理、不都合な結果を将来すると考えられる特段の事情の認められない本件においては、本件請求(二)の訴訟は、著しい損害及び遅滞を避けるため、これを被告の所在地を管轄する裁判所に移送する必要があるものと認めるのが相当である。

なお、抗告人は、本件においては、いまだ本件請求(二)の訴訟について移送を考慮すべき段階に至っていないと主張するが、既に認定し、前記比較衡量の前提とした前記諸事情を考えれば、現段階において本件請求(二)の訴訟を移送することを妨げるいわれは全くないというべきである。

七  そうすると、本件請求(二)の訴訟中抗告人の相手方に対する訴訟を相手方の普通裁判籍所在地を管轄する京都地方裁判所に移送した原決定は相当であり、本件抗告は理由がない。

よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川上泉 裁判官 小川昭二郎 橘勝治)

〈以下省略〉

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